|
2008-01-18 Fri 21:26
そして、3月の大イベントは終わった。学校が休みの間に、失敗もたくさんして、色々な経験を積むことができた。
それからも、休むことなく就活を続けて、3月後半吉日・・・・この日は説明会が2軒あって、東京から横浜に移動した。 その会場が桜木町だった。そこには、コスモワールドやランドマークタワーがあった。説明会までは時間が余っていたから、vanishというジェットコースターに乗った。 平日の昼だったから、並ぶことなく乗れた。とても爽快だった。700円もかかってしまったが、春休みの間、頑張ってきた自分への御褒美として、献上した。 こうして3年生の春休みは終わった。 そして、無事に進学して4年生になった。この頃から、Pの選考が始まった。ウィークエンドセミナーを受けた頃から、是非選考を受けたいと感じていた。 海外に行ける見込みはあまりないけれど、社員の人柄の良さに惹かれた。こんな人達と働くのもいいかもと思うようになった。 海外で働きたいと思うのは一つの選択肢であって、絶対ではないと思ってしまうほど、謙虚な社風と社員の温かみのある会社だった。 店舗見学や、業界研究もしながら「一緒に働きたい」という気持ちで選考に臨んだら、見事内定を手にすることができた。 そして、5月・・・・ゴールデンウイークがやってきたが、就活を終える事はできなかった。 海外に行きたいという気持ちが、心の中にあった。その想いが叶ったのか、大本命の会社と出会うことができた。 それはDの中国法人だった。中国で日本人の客を相手に、営業活動をするという仕事だった。 Dは中国だけに止まらず、世界中に支社のあって、人種も学歴も関係なく、世界中から色々な人が集まっている会社だった。 まさに、僕が働きたいと思っていた環境だった。早速、説明会に参加した。説明を聞くと、外資独特の自由さや、スポーツ選手のような能力給制度に強い魅力を感じた。 説明会にいたのが、なんと僕と中国人の女の子の2人だった。これはいける!絶対モノにする!と思って、モチベーションがぐーんと上がった。 その後の選考は、全て真剣勝負だった。気合と熱意で最終まで上りつめた。最終は、現地の人と電話面接だった。 忘れもしない6月7日・・・・この日は暑かった。緊張して、汗ビショになった。目標は電話の向こう側の面接官にも伝わるように、声で感情を表現する事だった。 鏡を見て、感情を大げさに表現する事を意識した。 もちろん、志望動機や自己研究も入念にした。そして、自分の部屋で選考に臨んだ。 気負いすぎた。自分の想いは伝えたけど、言ってることが滅茶苦茶だった。面接自体は15分くらいだった。あれじゃ、塵に埋もれた。だめだ〜こりゃとソファに沈んだ。 でも5秒で回復・・・・終わったことは仕方ない。結果が来るまでは、分からない。 1週間で結果がくると聞いたが、結果が来るのに1ヶ月も待たされた。 その間に、第2回目の学校主催の合説に参加した。そこで出会った企業の選考を受けるために、長野まで足を運ぶ事もあった。 移動費は会社が出してくれたが、選考には落ちた。 そして、Dの結果は見事に駄目だった。 この時は、就活で一番ショックだった。残念のメールを見たのが昼だったが、なかなか吹っ切ることができなかった。 海外で働けるのに、一番の近道だったのに・・・それが絶たれた。でも、落ちた理由を考えて、修正することは必要だけど、思い悩むのは時間の無駄と思い直った。 自分の足で探すしかないと思って、次の日はバイリンガル対象の合説に参加するために、お台場へ行った。 でも、これが僕に運命の出会いを導いたのだ。積極的に表記名が英語、人事が外国人のブースに飛び込んだ。 帰国子女やネイティブよりも語学力では遥かに劣るけれど、海外で働きたいという気持ちが僕に勇気を与えた。 全ての企業は回れなかったけど、パンフレットを貰って、選考に参加したいという意志をメールで伝えた。 何社か選考に参加して、フルキャストテクノロジーから内定を貰う事が出来た。 そして、そこの新人研修がグリフィス大学のネイザンCaで行われるのだが、その後の事を考えて、辞退した。 オーストラリアにもいいかなぁと思ったんだけど、観光じゃないからね〜。派遣業の大変さは、身をもって味わったし。 そして、夏休みに突入!!Dに落ちた頃に、D&Lという新卒を相手に、仕事を紹介してくれる会社に、お世話になり始めた。 そこのコンサルタントにアドバイスをして貰ったり、優良企業を紹介してもらいながら、就活を進めていた。 それでも、なかなか結果が出なかった。何度も相談に行って、何度も優良企業を紹介してもらった。 それでも、結果は出なかった。今年の夏は、本当に暑かった。周りのみんなは、就活を終えているが、僕はスーツで暑さを堪えて出歩いていた。 なんで10月後半から就活を始めて、こうなるの?という思いはあったけれど、現実に立ち向かわないと、この想いは解決できない。 コンサルタントの言葉が僕を支えてくれた。一人だったら挫折していたかもしれない。 そして最後の夏休みが終わった・・・まあ充実してたといえばしてたけど、時間の使い方が違ったような・・・・。 それにしても、結果が出ない。今持っている内定は3つ。でも、海外に行きたいという想いが吹っ切れないと、pには行けない。 思い切り就活をして、悔いなく入社してこいというのがPの指針だったから、失礼がないように、そして自分が納得できるまでやりきろうという気持ちが強かった。 そして、9月・・・・この想いを胸に、就活をしていた。卒論の事とか、心配事もあるけど、考えないことにした。就職さえ決めれば何とかなるだろうと楽観視していた。 だからこそ、就活から目を離さない。息抜きをしながら、やる時はやる、遊ぶ時は心置きなく遊ぶ、というリズムを始めた当初から維持してきた。 ここまで続けられたのは、そのお蔭かもしれない。そして、運命の説明会の日がやってきた。 説明を聞いて、モチベーションがぐーんと上がった。無論、選考に参加して、一次突破。そして、二次も気持ちで突破! 最終では大阪に行った。ホテルに泊って、明くる日に面接という日程だった。最終に突破すれば、大阪に残って懇親会。 落ちれば、即東京行き。宿泊費も、移動費も会社持ちだから、文句はなけけど、帰りたくない。 生か死か、究極の面接が10時に始まった。集団の前で、自己PRや志望動機を発表するという新しい形式だ。 集大成には相応しい。面接にも、人前での発表も、何度も経験してきた。少しは慣れたけど、やっぱり緊張した。 面接自体は大成功〜。終わった時に、完全燃焼した感があった。そして、明くる日に携帯に電話がきた。 内定getだぜ!!嬉しかった!!親にまず一番に電話した。そして、大阪観光をした。通天閣に行って、串カツやお好み焼きを食べた。 その後は、オーストラリアの友達と1年半ぶりの再開をした。すごい懐かしかった。時間の関係で、長い時間は話せなかったのが残念だった。 そして、ホテルで懇親会!!トリフとか高そうなものを食べてみたけど、本当に珍味です。ぶっちゃけ、まずい〜。有名な店が出向いて、ご飯を用意してくれてるみたいだけど、それほどおいしくない。 庶民の口には合わない。僕はファミレスで十分だ。寿司やグラタンを食べたけど、回転寿司や冷凍のグラタンの方が美味いのではないのか・・・。 苦しんで、やっと結果がでるようになったからこそ、就活を続行した。 そして、そこからは僕の時代がやってきた。4社受けて、3社から内定を貰った。面接に落ちる事が珍しくなった。 コンサルタントも一緒になって喜んでくれた。最終的に内定を得たのが6社になった。 本命とPとK以外は辞退した。断りづらくて、内定者研修に参加していた。kで原付に乗ることもできたし、せんびき屋でパフェも食べれた。 ここまで苦しんで得た内定だからこそ、おいしい思いをするのも悪くないと思っていたけど、僕のせいで内定を取れない人がいると聞かせれて、辞退に踏み切ったのだ。 kは辞退の連絡を入れたら、対応があっけなかった。学校帰りにファイルを返しに行ってあげたのに、服装の事で注意された。 「今まで、お世話になりました」って頭を下げたら、「はい」って言って、人事の人は立ち去った。 迷っているという事も伝えたし、体験アルバイトをしてゆっくり考えなさいみたいな事も言っていたくせに・・・。 最後なのだから、気持ちよく終わらせたかった。 Pにはとても電話し辛かった。本当に行きたいと思っていたから、断ろうかどうか決断がなかなか出来なかった。 でも、海外に行きたいというのが当初の夢だった、それが出来る会社に内定を貰えたから、行きたいと言うことを素直に話した。 そしたら、向こうも受け入れてくれて、喜んでくれた。それなら、応援する、でもここで関係が終わるとは思わない、なにかあったら電話しておいでと言ってくれた。 申し訳なさと感謝の気持ちで一杯だった。その気持ちをバネに、頑張ります。 これで、僕の道は決まった。長かった。辛い事もあったけど、内定を取った時の嬉しさの方が勝っていた。 最後まで妥協しないで良かった。高校受験、大学受験と本命に進む事が出来なかったから、今回も本命から内定が貰えずに、中途半端で終わるのかと思っていた。 自分を信じているとはいえ、この事が、就活をする中で不安で恐かった。大学時代に積み重ねてきた物が、無駄になるのではないか、結局、大学に入学しても何も変われなかったのではないか、という思いはしたくなかった。 色々な所に行ったり、人に会えたり、本当に楽しかった。これから、どうなるかは全く分からないけど、就活を乗り越えた事は大きな自信になってのではないかと思う。 就活は、運だという人がいるけど、そうは思わない。 確かに最終的には運かもしれないけど、その仕事がどんな仕事なのか、自己分析、SPI、志望動機、業界研究など、努力で乗り切ることがたくさんある。 人事と何かしらの共通点があったりなど、奇跡的なことを得るためには、努力することが最低条件だと感じた。 就活は運だなんて言って、適当に自己分析をしたりやESに取り組んでも、一次選考で落ちてしまうだろう。 だから、学歴なんて信じない。確かに、そんな企業もあるけど、ESやSPIや面接で、企業の求めている事に対して応えることのできる人は内定を取れると思った。 そして、それが内定二極化の原因だろう。 僕も自己分析や志望動機の研究はしっかりしていたけど、希望職種がどのような仕事なのかという事を理解していなかった。 企業は学生の想像とギャップがないかどうかの確認として、必ず質問してくる。そして、ここが一番バツが付き易い所とコンサルタントは言っていた。 そして、この事に気付けたのが、本命の面接以降だった。 もう就活なんてやりたくない。今年の年末はとても幸せで、おいしいお酒が飲めた。本当によかった!!! 最後に・・・就活で道を教えてくれた人、頑張れと声をかけてくれた人、アドバイスをくれた人、出会った人全てに・・・・本当にありがとう。 人は一人では生きれないと強く思った。 終わり |
| 管理者だけに閲覧 | ||
|
| 私好亜米利加 濠太剌利 |
|

